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な、なんだ、この行列は!?
ちなみにタクシーを待つ客の行列。普段は閑散としているタクシー乗り場がこの有様。
バスはもっとひどい。乗車まで軽く1時間は待たされそう。
・・・ということは・・・、渋滞もひどいはず。
しょうがないので、地下鉄へ。
南北線と東西線を乗り継ぎ、三条京阪へ。
ここで京阪電車に乗り換えて七条で下車。
380円かかる。
バスだと230円なので、大体の人はこのルートを選ぶ。
タクシーだと至近まで行けて1500円程度。 |
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京阪七条駅で下車。後は徒歩。
結局、京都の地理を知らないとまともに観光も出来ない。
途中、むしこ作りの仕舞屋(しもたや)を発見。
昔、商売をしていた家が店の部分に格子をはめ込み、囲いをした造りだ。
こういう家も最近は少なくなった。 |
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京都駅方面から、市内へ向かう車。
とにかく渋滞。
歩くほうが早い。 |
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今日は茶碗坂から昇る。
もちろん混雑を避けるためだ。こちらのほうが土産物屋も少ないせいか、人が少ない。
途中、異常なまでにクラクションを鳴らす観光バスがいた。
どうも老舗系の観光バスではなく例の規制緩和で運送会社などを出自として出てきた新興系の観光バスっぽい。
必然的に運転手は、元トラック野郎。
Tさんが、「うるせーぞ、バカ!!」と怒鳴っていた。 |
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で、清水寺に到着。
桜はまだ開花したばかり。天気も良くない。
とりあえず、お約束の出世大黒へお参り。
以前Tさんと参拝したことがある。そのとき自分が1000円を賽銭箱に入れて、Tさんが10円を入れようとしたら10円玉がはじかれてどこかに転がっていった。
Tさんによればそれがケチのつきはじめで、後に苦しんだのはそのせいじゃないかと言う。
今回は二人ともとりあえず100円と言うことで・・・。 |
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清水の舞台が落ちそうなほどの人、人、人・・・。
この期間は夜6時からのライトアップのため特別拝観をやっているが、昼から入場した客は一回追い出されるらしい。三脚を使っての撮影は禁止。ということはまともな撮影は出来ない。諦めるしかない。
清水寺を後にして、市営駐車場の近くで個人タクシーに乗る。
運転手さんに、「京都駅の烏丸のほうへ」と告げる。
…そしてちょっと世間話。
運転手さんの話では駅に行くには実は駅と逆方向に行き後は碁盤の目を斜め方向に進むほうが早いらしい。
「それじゃ、飛車より角ですね。」というと「そうですわ、今日はその手で行きますか?」と言うのでTさんの了承をとってその手で行く。
運転手さんによれば「経験で道の流れを読んで、お客さんに喜んでもらえるのが本道ですわ」らしい。
今回はグランビアの中まで着けてくれた。
すごいサービスだ。雨にぬれずに済む。今回は気持ちだけおつりの200円を心づけにおいていく。ありがとう溝口さん。 |
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溝口タクシーさんのおかげで京都劇場の中にすぐ入れた。
ここはレストランも多い。
ここで、Tさんと昼食。
そして、Tさんと別れ自分は米原方面へ。
やっぱりかなり乗っている。Tさんは大阪へ戻っていった。
実を言うとTさんは急ぎの用があるらしくl、ドン行の旅を諦めて例のぷらっとこだまグリーンプランで帰ろうとして前日JR東海ツアーズを訪ねたのだがなんと夜7時には閉まっていた。それでは仕方ないと言うので飛行機をIモードで予約。ANAは満席。仕方が無いのでJALへ・・・。するとJクラスのみ空いていた。これは奇跡。例の事故の影響か…? |
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またも米原駅に変わった列車が…。
と言うことは、またマニヤでいっぱいか???
と思ったらそういうわけではないらしい。 |
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意外と閑散とした米原駅。
前回の騒ぎがウソのよう。
それでも東海道線の東京方面に行く列車にはかなりの行列。
対して北陸線は人が少なくこんなもの。と言うわけで行き先は金沢方面に決定! |
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入って来たのは、419系というレトロかつマニアックな電車。
これで福井まで行く。 |
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さて、ちょっとこのマニアックな電車についての解説。
この列車実は寝台電車の改造車。
つまり、元はベッドが付いた電車だったわけである。
今は、網棚が付いてふさがれているが、ここから上段の寝台が降りてきて、セットされたわけだ。 |
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この電車は、非常に屋根が高い。
それは元々寝台電車だった証拠。現役時代は3段ベッドの寝台電車として活躍していたが新幹線の登場や飛行機の大衆化で活躍の場を奪われてドン行電車に改造されたのだ。 |
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本当に天井が高い!
網棚は後でつけられたもの。
網棚に乗っかっているのは、今回の無駄な買い物。
実は、京都駅でTさんが「思ったより寒いので防寒着を買いたい」というので付き合った伊勢丹でついでに自分が買ってしまったもの。バーバリー・ブラックレーベル。 |
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さすがに元ベッドだっただけあって、前の席までの間隔がものすごく広い。
自分の長い足(?)でも向かいに座った人とぶつからないで済む。
現役時代は、椅子の下に仕掛けがあってそれを引き出して、ベッドにしていたようだ。 |
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こうして見ると広さが分かると思う。
隣は女性だが足を組んでも余裕だ。
ちなみに、まだこの電車の同僚が活躍している唯一の寝台列車がある。大阪〜新潟の急行きたぐに号だ。A寝台車、B寝台車普通座席車、グリーン車が混ざった多色な列車だ。 |
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さて、電車は北東へ進んでいく。
琵琶湖の東側を走っているはずだが、琵琶湖は見えない。
やっと水面が見えてきたので「琵琶湖か?」と思ったら、余呉湖という湖らしい。 |
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近江塩津駅。
ここは、湖西線との合流地点。大阪方面から来るサンダーバードなどは、湖西線を経由する。 |
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敦賀駅へ。
最近、ディーゼルから電車に変わった、小浜線。
電化は直流だ。
もともと敦賀は交流で電化されていたが京阪神を機軸に考えるJR西日本は直流で電化した。
正しい選択だと思う。 |
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敦賀⇔京阪神が新快速で結ばれるらしい。
と、いうことは新快速に交流と直流の両方走れる電車が導入されるか、敦賀まで直流電化されるかどちらかである。
多分、後者でなないか? |
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敦賀駅で結構長い時間停車。
その間特急などが追い越していく。 |
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北陸トンネルを抜けるとまだ残雪が残る地域へ。
北陸トンネルは昔悲惨な火災事故があったところ。食堂車のオーブンから出火。食堂車を切り離して脱出しようとしたところ電線が焼け電気機関車が動かず脱出不能に。
結局相当数の犠牲者を出したのでした。
今は、車両の防火対策も万全で、かつ食堂車はほとんど消えてしまったのでそういう事故も過去のものとなった。 |
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敦賀から福井までは、かなりの混雑。
バレースクールの小中学生の女の子の団体でにぎやかに。
あとは気比の松原を歩いてきたおばさんのバッグパッカーの団体と、中国人の留学生のグループ。 |
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そして福井駅に到着。
写真はえちぜん線。この鉄道はもと京福電鉄と言う由緒ある会社の経営だった。しかし近年死者を出すような事故を多発し、経営危機に。
結局第三セクター方式で存続している。 |
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福井からの乗り換えは、金沢行き。
この電車は、413系という急行型の電車から改造されたこれまたマニアックな電車。
今、JRで急行を名乗るのは夜行の「銀河」や「能登」、そして例の「きたぐに」くらいしかない。以前は特急の補佐役として急行という列車の地位は確立されていた。しかし時代と共に新幹線が主役となりその補佐役が特急となると急行の立場は奪われその役目を終えた。
そして余った急行用の車両は、ドン行用に改造されたのである。 |
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福井駅で通過していく、特急。
何度抜かれただろうか? |
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福井から金沢までは、そんなに混んでいない。
1ボックスに一人か二人。
風邪がひどい女の子が乗っていてしきりに咳、くしゃみをしている。
移さないでくれよ〜 |
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芦原温泉駅。
温泉が近いかと思えば、かなり遠いらしい。
昔は違う駅名だったが、地元のイメージアップのため、駅名に「温泉」とつけたそうだ。 |
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いきなり電車が停車。
「踏み切り故障のため徐行します」
とのこと。
警笛を鳴らしながらゆっくり踏み切りを通過する。 |
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その影響で、特急をやり過ごすために臨時停車。 |
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目の前を過ぎていくサンダーバード号。
例の踏み切り故障でこの電車も遅れているらしい。 |
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3分ほど遅れて金沢到着。
ここは金沢駅東口。知らない間にオブジェが出きていた。 |
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Iモードで予約したホテルは、西口から徒歩3分。
ここは、西口の新玄関。
定期的に落下傘が下りてくるオブジェが完成していた。
どこの自治体も色々なアイデアを出しながら、頑張っているみたいだ。 |